東京地方裁判所 平成6年(ワ)5386号 判決 1998年2月25日
本訴原告・反訴被告(以下「原告」という。)
サンワ・ホーム・オーストラリア・ピー・ティー・ワイ・リミテッド
右代表者財産保全管理人
デスモンド・ウイリアム・ナイト
右訴訟代理人弁護士
西山安彦
同
遠藤一義
同
奥山量
右西山安彦訴訟復代理人弁護士
千代田有子
本訴被告・反訴原告(以下「被告」という。)
三和ホーム株式会社
右代表者代表取締役
山中正
右訴訟代理人弁護士
新堂幸司
同
藤島昭
同
岩渕正紀
同
東松文雄
同
村本道夫
同
外山興三
同
池田成史
主文
一 原告と被告との間のオーストラリア連邦クイーンズランド州ブリスベーン市所在のクイーンズランド州最高裁判所一九九二年第一三五五号事件について同裁判所が平成五年(一九九三年)六月三日判決した判決中の「被告は、原告に対し、金三五〇二万四六五四オーストラリアドルを支払え。」との部分及び内金3199万9999.78オーストラリアドルに対する平成五年六月四日から支払済みまで年一〇パーセントの割合による金員の支払義務について、原告が被告に対し強制執行をすることを許す。
二 被告の反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は全部被告の負担とする。
四 この判決は、右主文第二項を除いて仮に執行することができる。ただし、被告は金一〇億円の担保を立てて右仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一 請求
一 本訴関係
(原告)
主文第一、第三、第四項(ただし、仮執行免脱宣言部分を除く。)と同旨。
(被告)
第一次的に訴え却下の判決を求め、第二次的に請求棄却の判決を求める。
二 反訴(原告代表者に代表権限が認められるときの予備的請求)関係
(被告)
1 被告の原告に対する株式払込金3199万9999.78オーストラリアドルの支払債務が存在しないことを確認する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(原告)
第一次的に訴え却下の判決を求め、第二次的に請求棄却の判決を求める。
第二 事案の概要
一 本訴は、原告と被告との間のオーストラリア連邦クイーンズランド州ブリスベーン市所在のクイーンズランド州最高裁判所一九九二年第一三五五号事件に係る民事訴訟(以下「本件外国判決訴訟」という。)について、同裁判所が一九九三年(平成五年)六月三日にした判決(甲四一。以下「本件外国判決」という。)について、民事執行法二二条六号、二四条による執行判決を求めている(ただし、本件外国判決が命じた金員に加えて、右金員のうち元本に相当する3199万9999.78オーストラリアドルに対する本件外国判決の日の翌日以降のオーストラリア連邦の法律上当然に認められている年一〇パーセントの割合による一種の法定遅延損害金を付加した執行判決を求めている。)ものであり、反訴は、本件外国判決の前提とされていた被告の原告に対する株式払込金3199万9999.78オーストラリアドルの支払債務(以下「本件株式払込金債務」という。)が存在しないことの確認を求めているものである。
二 被告は、本訴につき、本案前の答弁として、本訴において原告代表者とされている財産保全管理人デスモンド・ウイリアム・ナイト(以下「本件財産保全管理人」という。)には、日本において訴訟を提起遂行する権限がなく本訴は不適法である旨主張して、訴え却下の判決を求めている。(争点1)
三 本訴の主文第一項に係る訴状記載の当初の請求の趣旨は「本件外国判決に基づいて、金三四億七〇二四万二七三六円及びこれに対する平成五年六月三日から支払済みまで年一〇パーセントの割合による金員に対し強制執行をなすことを許可する。」というものであり、これは原告の財産保全管理人が平成四年六月九日に被告に対し本件外国判決に係る支払の催告をしたので、同日のオーストラリアドルと円の交換レートをもって換算した請求である旨釈明されていた(原告の平成七年一一月七日付け準備書面の末尾)ものであった(記録上明らかである。)。
被告は、右当初の請求の趣旨について、
① オーストラリア連邦の通貨であるオーストラリアドルで表示された給付判決について、貨幣単位を円に換算した執行判決を求めることは、判決としての特定性を欠く上、外国為替レートの変動による不利益を被告に負担させる結果となるから不適法であり、また、
② 年一〇パーセント(一割)の割合によるオーストラリア連邦法上の遅延損害金を加えて執行判決を求めることは本件外国判決の主文に表示されていないものについて執行判決を求めているもので、右付加された部分の訴えは不適法である
旨主張して、訴え却下の判決を求め(被告平成九年一〇月一六日付け準備書面)、その後、原告が第一の一記載のように請求の趣旨を変更ないし訂正したことについて異議を述べて、右変更ないし訂正された訴えについてもなお訴え却下の判決を求めている。(争点2)
四 その上で、被告は、本案について、次のような主張をしている。
1 本件外国判決はいわゆるサマリー・ジャッジメントであって、原告の申立てにより口頭弁論を経ないで極めて簡易な手続によってされたというその形式及びその内容からして、一種の支払命令的な性質のものであって、平成八年法律第一〇九号の民事訴訟法(以下「新民訴」という。)附則第二条の規定による改正前の民事訴訟法(以下「旧民訴」という。)第二〇〇条(新民訴一一八条)柱書及び民事執行法二四条の「判決」に該当せず、また、英国のコモン・ローの下では、一般的にサマリー・ジャッジメントは「確定」裁判に該当しないとされていることからしても、結局、本件外国判決は、日本において承認され強制執行の許可を求めることができる「外国裁判所の確定判決」には該当しないものである。(争点3)
2 本件外国判決は、被告が裁判所により定められた保証金を納入しなかったことを理由に、被告に防御の機会を与えず、原告の請求をサマリー・ジャッジメントの形式で全面的に認めたものであり、このように金銭の支払の請求を受ける側が保証を立てないと抗弁について審理をしてもらえないという制度自体、その時期や金額によっては請求を受ける側の防御権を剥奪するに等しく、著しく正義に反する過酷な懲罰的制度といわざるを得ない。このように被告の防御権の行使を事実上封じた上でされた本件のサマリー・ジャッジメントは、保証金額が五〇〇万オーストラリアドルと異常に高額であることを考慮すれば、オーストラリアにおける被告の応訴態度等に対する懲罰的色彩が色濃く反映されたもので、それ自体日本における法秩序の基本原則ないし基本理念と相容れないものである。しかも、本件外国判決の前提となった後記の本件売買契約の特定履行に関する判決(オーストラリア連邦クイーンズランド州最高裁判所一九九一年第六九〇号事件について同最高裁判所が平成三年(一九九一年)一〇月にしたロビン裁判官による判決)及びその後平成四年(一九九二年)三月一三日にした同最高裁判所のジャーシー判事による命令その他の一連の裁判(以下、これらの右売買契約の履行に関する一連の裁判に係る訴訟手続を「本件売買履行請求訴訟」という。)の取得に至る手続・経緯につき、本件売買契約における被告の担当者となり、売主と交渉した野村秀雄や訴外ロバート・ハードロス・ラドキン弁護士らは、売主の担当者と知己であって、売主の利益に偏する交渉をし、あるいは売主側に生じた債務不履行事由を被告に全く伝達せず、更には書類の偽造等をするなどという行為をしたものであって、本件売買履行請求訴訟における手続・経緯中には著しい不正義・不合理が存在し、これに依拠する本件外国判決訴訟自体手続的公序に反するものである。右いずれの理由からしても、本件外国判決は、旧民訴二〇〇条(新民訴一一八条)三号の「公の秩序又は善良の風俗に反しないこと」との要件(以下「公序要件」という。)を欠くことになる。(争点4)
3 ①オーストラリア連邦クイーンズランド州においては、外国判決が許可されるためには、外国判決が詐欺により取得されたものでないこと、外国判決が登録申請者に帰属するものであることが要件とされており(一九九一年外国判決法・甲九)、これは外国判決の内容自体に立ち入る建前を採るものである(乙四四)が、日本では外国判決の承認についてこのような実質的審理を認めていない(逆に、この点における相互保証があるというならば、本件訴訟でも実質的再審理が認められるべきであり、その結果本件株式払込金債務が存在しないとの結論となるべきである。)。②また、オーストラリア連邦における右一九九一年外国判決法(甲九)六の(三)によれば、「本法に従いかつ適用ある裁判所規則に定められた事項の立証を前提として」「裁判所は外国判決の登録を命じるものとする」とされているが、右裁判所規則の内容は不明であり、相互保証の有無についての判断が不可能である。③さらに、同規則三の一六(甲一〇)によれば、日本の簡易裁判所による判決・命令は相互保証の対象でないところ、本件外国判決は日本の簡易裁判所における督促手続に準じるものであって、簡易裁判所について相互保証を欠くことからして、本件外国判決については相互保証がないことになる。
以上のことなどからして、本件外国判決は、旧民訴二〇〇条(新民訴一一八条)四号の相互保証の要件(以下「相互保証要件」という。)を欠く。(争点5)
4 仮に以上の主張が認められず、本訴が認容されるとしても、本訴請求は、原告の主張からして元来土地売買の代金に充てるためのものであるから、右土地の売主から買主である原告に対する右土地の引渡しを条件とし又はこれと引換えに支払われるべきものである。よって、右土地の引渡しを条件とし又はこれと引換えに認容されるべきである。(争点6)
五 反訴請求は、本件外国判決が既判力を有しないことを前提とした上で、本件外国判決の前提とされていた本件株式払込金債務は、被告代表者によるその払込承諾が偽造文書に基づくものであり、結局右払込承諾は存在しない旨主張し、本訴の帰趨にかかわらず本件株式払込金債務の存在しないことの確認を求める、というものである。(争点7)
六 右争点3ないし5、7についての被告主張の要旨は、別紙第一の被告の平成九年一二月二日付け準備書面記載のとおりであり、その他本件紛争の全体の経緯に関する被告主張の要旨は別紙第二の「売買契約に至る経緯」等記載のとおりである。
七 原告は、右各争点に係る被告の主張を全面的に争っており、反訴については、本件財産保全管理人は、オーストラリア連邦において確定した本件外国判決についての執行判決を求めて本訴を提起したにすぎないものであって、日本において本件外国判決の前提たる本件株式払込金債務の存否について応訴する権限がなく、しかも、反訴はオーストラリア連邦において再審の訴えによって解決すべき筋合いのものであるから、民事執行法二四条二項の趣旨からしても許されない不適法な訴えであり、そうでないとしても、反訴請求は本件外国判決の既判力によって理由がないことになる旨主張している。(争点7)
第三 当裁判所の判断
一 証拠(甲一、二の1、2、三、四、五の1ないし8、六ないし二四、二五の1、2、二六ないし三八、三九の1ないし4、四〇ないし四二、乙一、二、三の1、2、四ないし一二、一三の1、2、一四の1、2、一五ないし二二、二三の1、2、二四、二五、二六の1ないし4、二七の1ないし3、二八ないし五四、証人武村欣三、証人松井伸悦、原告代表者山中正本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
1 原告は、一九九〇年(平成二年)五月三〇日「バルフィールド・ピー・ティー・ワイ・リミテッド」としてオーストラリア連邦において設立登録され、同年七月二四日現在の商号に変更登録されたものであって、株主の責任が株式の引受価額を限度とする株式会社及び「閉鎖会社」として設立されたものである。なお、閉鎖会社とは、「公開会社」に対するもので、一般に「私会社」といわれ、株主数は五〇人以下で、株式を公開することが許されず、株式の譲渡が定款によって制限されている会社である。オーストラリア会社法においては、会社は自然人と同一の権利能力を有する。
被告は、原告の右商号変更のころ、自ら原告の株主となってオーストラリア連邦クイーンズランド州ゴールド・コーストにおいて土地を買収することを企図していたもので、原告を通じて商業活動をしようとして登録済みの原告を二オーストラリアドルで買収し、右商号変更をし、被告の代表取締役及びその他の役員である三名が原告の役員に就任した(オーストラリア連邦では、新会社を設立する場合、法律事務所等で設立済みの何ら業務をしていない会社を買収し、後日社名変更等必要な変更をするのが一般的であり、そのような場合当初の払込資本金は二オーストラリアドル程度である。)。そして、原告の社印については、「被告の社長、被告の社長によって正式に任命された代理人又は被告の命令を受けた代理人が副署すること」を条件として原告の取締役らが社印を使用する権限が付与されていることが原告の定款で定められていた。(甲二の1、2、六ないし八、一四)
被告は、同年六月一四日付けで、大蔵大臣宛に外国為替及び外国貿易管理法(その後平成九年に「外国為替及び外国貿易法」と改称された。以下「外為法」という。)に基づく「対外直接投資に係る外貨証券取得に関する届出書」(甲二六)を提出して、「被告が原告の株式五〇〇〇万株を取得し、取得の対価として五〇〇〇万オーストラリアドルを原告に支払う。」旨の届出をした。同書面の「その他の事項(支払の時期)」欄には、「当社現地法人設立の費用等を払い込み、その後届出後二二か月以内に現地法人の不動産購入等の資金需要に従い取締役の要求に応じて残額をその都度追加払込みする予定である。」旨が記載されている。
前記目的及び経緯によって原告を買収した被告は、同年六月二一日、原告の定款変更の決議をして原告の発行株式を従前の一〇万株から五〇〇〇万〇〇〇二株に増資することとし(以下「本件増資」という。)、原告はその旨登録した(甲八)。被告は、同日原告の普通株式五〇〇〇万株の割当ての申出を受諾する旨の同日付けレター(甲二七。以下「本件受諾書」という。)を発行し、翌二二日原告は五〇〇〇万株の新株発行をし、被告は原告に対し一株当たり二セントの割合による一〇〇万オーストラリアドルの送金(以下「本件送金」という。)をし、新株の一部払込み(以下「本件払込み」という。)をした。(なお、後日被告が提起した後記財産保全管理人解任の申立てをクイーンズランド州最高裁判所が却下するに際して、トーマス判事は「三から五〇〇〇万〇〇〇二までの番号の原告の株式の株券一通(株券第六号)があり、一株当たり二セントが払い込まれた旨記載され、原告の社印が押捺されている。その他の全額払込済みの原告の株式に関する株券もある。」旨の説示をしている。甲一四)
(原告についてこのような大幅な資本の変更がされたのは、被告のように現地子会社である原告を通じてオーストラリア連邦の不動産を購入しようとする場合、その送金は、資本金の払込み又は貸付金名義でされるのが一般的であるところ、オーストラリア連邦では、貸付金に対する資本金の割合が一定以上でないと「過少資本」とされ、貸付金に対する金利が費用として認められないことと、オーストラリア連邦の収入印紙税法上、原告のような不動産の取得・開発を目的とする会社が増資等をすると、その都度所有不動産を譲渡したのと同様の収入印紙税を賦課されることになっており、後日そのような問題が生じないように当初から不動産取得費用及び開発費用の推定額を基準にして大きな資本を設定しておく方がよいと考えられたためと推測される。オーストラリア連邦においては、会社設立時に株式の額面金額全額の払込みが要求されていないので、右のような方法が可能であり、当初は一株二セント程度の小額の払込みをし、資金需要に応じて払込額を増やすのが実際的であり、節税のためにもなるからである。
なお、被告は、本件送金の事実を認めているが、これは新株についての払込金ではなく、本件売買契約の代金の内金及び弁護士費用としてラドキン弁護士に送金したものであり、本件受諾書(甲二七)は偽造文書である旨主張して、本件払込みのあったことを否認している。しかし、本件受諾書の右肩には「90年6月21日 18:13三和ホーム株式会社」との記載があり、被告のファックスで送信されたものであることが明らかであり、また、本件売買契約の当事者は被告ではなく原告であるから、右売買代金の内金の支払は被告ではなく原告がすべきものであり、したがって、右送金は被告から原告に対し出資金又は貸付金としてされたものであることも明らかというべきである。そして、前記外為法に基づく「対外直接投資に係る外貨証券取得に関する届出書」(甲二六)の記載内容からして、その記載のとおり、本件送金は「被告が原告の株式五〇〇〇万株を取得し、取得の対価として五〇〇〇万オーストラリアドルを原告に支払う。」ためのもので、「当社(被告)現地法人設立の費用等を払い込み、その後届出後二二か月以内に現地法人(原告)の不動産購入等の資金需要に従い取締役の要求に応じて残額をその都度追加払込みする予定である。」ことの一環としてされたものと見るのが相当であって、この点に関する被告の右主張は容易に採用し難いものというほかない。)
2 そして、同年(一九九〇年)六月ころ、被告は、被告の一〇〇パーセント子会社となっていた原告を通じて、イーモン・ピー・ティー・ワイ・リミテッド、ラドア・ピー・ティー・ワイ・リミテッド及びブラックエッジド・ピー・ティー・ワイ・リミテッドの三社(以下「本件売主ら」という。)との間で、本件売主らからオーストラリア連邦ゴールド・コースト所在の不動産(以下「本件不動産」という。)を買い受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結したが、その売買代金は総計二八〇〇万オーストラリアドルであった。なお、本件売買契約の締結については、被告が依頼したプリモース・クーパー・クローニン・ルードキン法律事務所が原告の代理人として交渉していたものである。
3 その後、本件売主らと原告(実質的には被告)との間で、本件売買契約の履行を巡る紛争が生じ、一九九一年(平成三年)四月一九日、本件売主らが原告に対し特定履行を求める訴訟(以下「第一次訴訟」という。)を提起し(クイーンズランド州最高裁判所一九九一年第六九〇号事件)、同年九月二日から六日及び九日にその事実審理がされた。第一次訴訟において、被告は原告を指揮してプリモース・クーパー・クローニン・ルードキン法律事務所を訴訟代理人として選任した上、原告に本件売買契約の履行義務がないことを主張したが、同年一〇月四日、ロビン裁判官によって、本件売買契約は有効であり、特定履行されるべきである旨の原告敗訴の判決(以下「第一次判決」という。本件売買履行請求訴訟における最初の判断である。)がされた。これに先立ち同年九月二七日第一次判決に係る理由書が示されたが、その際、本件売買契約の各債務の履行期日については延期され、その履行期日は決まっていないが、契約当事者は合理的な期間内に右契約の履行をすべきであると判断された。
被告は、第一次判決を不服として、同年一〇月四日ころ原告を指揮してクイーンズランド州最高裁判所大法廷に上訴し、ロビン裁判官から第一次判決の執行停止命令を得たが、同年一二月一一日右大法廷のマクファーソン判事によって右上訴は却下された。この上訴事件については、被告は、原告の弁護士事務所をギルセナン・アンド・ルートン法律事務所に変更していた。
右上訴が却下されてから間もない同月一九日ころ、クイーンズランド州最高裁判所のバーンズ裁判官は、本件売主らの申立てに基づき、本件売主ら及び原告は一九九二年(平成四年)二月三日午後二時までに本件売買契約を履行すべき旨を命ずる命令(以下「第一次命令」という。)を発した。
そして、第一次命令の右期限内に本件売買契約が履行されず、右履行期日が同月二〇日、同年三月一〇日と遷延された後、同月一三日ころ、クイーンズランド州最高裁判所のジャージィ判事は、本件売主らの申立てによって、「モルガン対ブリスコ命令」と称される命令(甲一二。以下「第二次命令」という。)を発した。この当時、被告は、弁護士事務所を更に変更し、モーリス・フレッチャー・フロース法律事務所が原告(実質的には被告)を代理していた。
第二次命令の要旨は、①本件売主らは、本件売買の履行に必要な同命令末尾添付の書面に記載されたすべての書類を裁判所に預託し、その預託完了後本件売主らの弁護士は買主である原告の弁護士に対しその旨を通知し、当該命令を送達すること、②原告は、右通知及び命令受領後七日以内に、クイーンズランド州ブリスベーン市所在のウエストパック銀行に開設されている本件売主らの各口座に、(1)イーモン・ピー・ティー・ワイ・リミテッドについては1212万8622.70オーストラリアドル及び右送達のあった日から七日経過後は支払済みまで年率二〇パーセントの金利、②Bラドア・ピー・ティー・ワイ・リミテッドについては402万5459.33オーストラリアドル及び右送達のあった日から七日経過後は支払済みまで年率一二パーセントの金利、(3)ブラックエッジド・ピー・ティー・ワイ・リミテッドについては1037万8835.95オーストラリアドル及び右送達のあった日から七日経過後は支払済みまで年率一二パーセントの金利をそれぞれ支払うこと、というものであった。
本件売主らの代理人弁護士であったロドニー・ミカエル・ダンは、第二次命令の右①の趣旨に従って、第二次命令書末尾添付の書面記載の全書類を裁判所に預託し、同月一八日その旨の宣誓供述書を作成し、同日これを同命令と共に原告の弁護士に通知した(甲一六)。これによって、本件売買契約の代金の支払時期は同月二五日に到来することとなった。
被告は、同月一九日、第二次命令を不服として原告を指揮してオーストラリア連邦高等裁判所に控訴したが、同年四月三日この控訴は却下された。その際、右売買代金の支払時期は同月六日午後四時まで延期することが認められた。(甲一四)
4 右経緯によって、第二次命令に係る金員の支払時期は同月六日午後四時までと確定したものであるが、原告(及び被告)が本件売主らに対し右金員の支払をしようとせず、かつ、原告が何ら資産を有しないペーパー・カンパニーであって本件売主らが原告に対し右金員の支払について直接執行することが事実上不可能であったため、本件売主らは、原告を相手方として、原告の財産保全管理人を選任する申立てをクイーンズランド州最高裁判所に提起し、一九九二年(平成四年)五月一五日、トーマス判事によって、本件財産保全管理人を右財産保全管理人に任命する旨の命令(以下「本件財産保全管理人選任命令」という。)が発せられた(甲三。事件番号は本件売買契約の履行を巡る前記本案の裁判と同じ「クイーンズランド州最高裁判所一九九一年第六九〇号事件」とされており、これも本件売買履行請求訴訟における一連の手続としてされたもののようである。)。右選任手続において、被告は、タイニー・アンド・マッカトニー法律事務所を原告の代理人として反駁しており、原告の代理人としてドイル弁護士の意見が聴取された。
財産保全管理人(レシーヴァー)の制度は、一五世紀の英国の衡平法を司る大法官裁判所の実務に遡るもので、一八七三年の英国最高法院法においては財産保全管理人の選任は高等法院の管轄と規定されたが、オーストラリア連邦クイーンズランド州においては、右に基づいて立法された一八七六年最高法院法によってクイーンズランド州最高裁判所の管轄とされ、判決の執行に関する最高裁判所命令第四七の三六条は「判決又は命令に基づき支払われる金員の支払の執行が財産保全管理人の任命以外の方法によっては実行不可能な場合は、裁判所又は裁判官は、判決又は命令により金員の支払をすべき者に対して支払われるべき金員を受領し、(この受領金を)判決又は命令により支払を受けるべき者に支払うため、財産保全管理人を任命することができるものとする。」旨規定しており、要するに、財産保全管理人は、敗訴した債務者(以下「判決債務者」という。)が第三者に対して有する債権を取り立てて、勝訴した債権者(以下「判決債権者」という。)が判決債務者に対して有する債権の支払に充当するというもので、我が国の債権者代位権の制度に類似している。
財産保全管理人の職務等に関しては、一九八五年及び一九八八年にされた英国判決により、①財産保全管理人の選任を申請する者は、判決債務者が第三者に対して権利を有しているという一応の事件又は論証し得る事件を示さなければならない、②財産保全管理人は、第三者に対し、右権利を実現するすべての手続を採ることができるものとし、この手続において第三者は有効なすべての防御を提出することができる、という二つの原則が確立している。
オーストラリア連邦の民事法体系は基本的に英国法に依拠しているものであるところ、本件財産保全管理人選任命令においても、右原則に従って、「①デスモンド・ウイリアム・ナイト(本件財産保全管理人)において当職が承認し許可する形式の担保を提供することを前提条件として、原告が権利者である次の債権、すなわち、一九九〇年六月二二日に被告に対して発行された一株の額面価額1.00オーストラリアドルの株式三二六五万三〇六一株に関し被告に対しその払込請求をする権利(当裁判所注・要するに、本件株式払込金債務に係る請求権)につき、デスモンド・ウイリアム・ナイトを財産保全管理人に任命する、②この財産保全管理人は、原告の右債権を実現するために必要な(被告に対する)法的手続又はその他の措置を原告の名義で講じることができる、③この財産保全管理人は、同年一一月一五日及びその後半年毎に収支明細を明らかにするものとする、④この財産保全管理人は同人が受領した金員を直ちに裁判所に支払うものとする。」との旨が命令されていたものである。(甲三)
なお、オーストラリア連邦会社法四二〇条二項は、裁判所によって任命された財産保全管理人に同条の適用があることを前提として、財産保全管理人は任命の目的事項を達成するため、「払込請求が未だ行われていない会社の資本に基づいて財産保全管理人が任命されたときは、会社の名において、会社の株式に対する未払金額の払込請求をすること」及び「払込請求を財産保全管理人がしたかどうかを問わず、払込期限が到来済みで未払の払込金の支払を強制すること」の権限を有する旨規定している。(甲四)
5 同年(一九九二年)九月一四日、本件財産保全管理人は、原告の名において、被告に対し、原告に対して本件株式払込金債務の支払をすることを求める訴えをクイーンズランド州最高裁判所に提起し(同裁判所同年第一三五五号事件・本件外国判決訴訟)、同年一二月一〇日その訴状及び召喚状が外交ルート及び当裁判所を通じて被告に送達され(甲五の1ないし8)、被告は、クイーンズランド州ブリスベーン市所在のスライ・アンド・ワイゴール・キャナン・アンド・ピーターセン法律事務所を代理人に選任してこれに応訴して、翌一九九三年(平成五年)二月八日右クイーンズランド州最高裁判所に出頭し、同月一七日同裁判所に答弁書を提出し、本件増資及び本件払込みがあったという原告の主張を全面的に争ったが、正式な事実審理を必要とするような防御方法を提出しなかった。
そこで、同年(平成五年)三月一一日に開かれた本件外国判決訴訟の弁論期日において、原告は、被告の主張には正式な事実審理を要するような主張がないと主張してサマリー・ジャッジメントを求める申立てをしたところ、同日、被告は、本件受諾書は偽造文書である旨主張するに至り、多数の証拠を提出して事実審理をすることを求め、本件受諾書が偽造文書であるかどうかについて正式な事実審理をすべき真正な争点がある旨主張した。
これに対して、クイーンズランド州最高裁判所のドーセット判事は、同年四月二日、被告の右偽造の主張は正式な事実審理の対象となり得るものの、提出された証拠及び従前の経緯からして、これを無条件で許すべきではないと判断し(甲一四)、サマリー・ジャッジメントの申立てがあった場合でも、裁判所は「無条件で、又は、担保提供、事実審理の時期若しくは形式その他について裁判官が適切であると考える条件に従って防御の機会を与えることができる。」旨の最高裁判所命令一八の一八・六条(甲一七)に従って、右被告の主張がやや時期を失してされた経緯その他からして右争点に疑わしいところがあるにもかかわらず防御の機会を付与するものであることや、被告の財産状況、本件株式払込金債務に係る遅延利息、本件売買契約の代金に係る遅延利息等を総合考慮した上で、「担保として適当な金額は五〇〇万ドル(オーストラリアドル)であろうと考えたい気がします。しかし、レノン氏が弁論で指摘したように、かかる金額が直ちに支払われるべき金額であると言い出すのは正確ではないというのはそのとおりであります。今日までの経過利息を、例えば、一か月以内に裁判所に支払い、その後裁判所で保管している金額を払込請求の未払額に対して発生する利率を勘案して、総額が五〇〇万ドルに達するまで毎月の分割払で増額していくというようなスケジュールを作成することは可能であろうと思います。もちろん、被告は補助裁判官が納得する別の担保を提供することを申し出ることができます。」旨説示して、そのように命令した(甲一三。以下「本件立担保命令」という。)。
しかし、被告において本件立担保命令に従った担保の提供をしなかったことから、結局本件外国判決訴訟について事実審理をすることが許可されないことになり、クイーンズランド州最高裁判所は一九九三年(平成五年)六月三日に原告の申立てに係るサマリー・ジャッジメントによる判決(本件外国判決)をし、これが登録された。(甲四一)
被告は、これに対して上訴することができ、その上訴手続において本件立担保命令が不当であるとして争うことができたにもかかわらず、上訴をしなかったことから、本件外国判決は同月二四日に確定した。(甲四二)
6 一方、被告は、本件外国判決及びその確定を座視していたわけではなく、これを阻止しようとして、本件外国判決の二日前の同月一日、後日本件財産保全管理人の解任等の申立てをすることを前提として、同月三日に原告が右サマリー・ジャッジメント(本件外国判決)を取得、登録することを含むすべての手続の進行を差し止めることを求める中間的差止命令(仮処分)の申立てをしたが、この申立ては即日却下された。
さらに、被告は、同月一〇日、本件財産保全管理人の解任を求める申立てをしたが、同月二三日、この申立てはトーマス判事によって却下された(甲一四がその詳細な理由書である。)。
右に加えて、被告は、前記5のとおり、同年(一九九三年)三月一一日に開かれたクイーンズランド州最高裁判所における本件外国判決訴訟の弁論期日において、原告において、サマリー・ジャッジメントを求める申立てをし、被告において、本件受諾書は偽造文書である旨主張して正式な事実審理をすべきである旨主張したのと同じころ、クイーンズランド州のオーストラリア連邦裁判所に、本件外国判決訴訟に対抗する目的で、本件売買契約や本件外国判決訴訟等に関与した本件売主ら、スミス弁護士、野村秀雄、ラドキン弁護士、原告(本件財産保全管理人)を相手方(被申立人)として、詐欺等を理由とする損害賠償を求める訴訟(同年第G二九号事件)を提起した。しかし、その当初の訴状(甲三七)においては、本件受諾書(甲二七)が偽造されたことが訴因の一つとされていたものの、同年七月一三日提出された修正訴因(乙三七)においては、右偽造の主張は削除されており、同月三〇日その審理がされたが、その後右審理は中断され、結局、翌一九九四年(平成六年)四月七日、右訴訟は相手方らの同意を得て取り下げられ、終了した(甲三八)。
7 オーストラリア連邦における外国判決の承認に関する手続は、「一九九一年外国判決法」と通称され、同年法律第一一二号として立法された「オーストラリア連邦における外国判決の執行並びにこれに関連する目的のための法律」(甲九。以下「外国判決法」という。)に基づいてされており、その第五条第一項の「(オーストラリア連邦)総督が、この部の規定により付与される利益がある国の上位裁判所の金銭判決に適用される場合に、オーストラリアのすべての上位裁判所でされる金銭判決の当該国における執行に関し、実質的な相互保証が確保されると確信する場合、この部の規定が当該国に適用される旨を規則に定めることができる。」(外国判決法は、第一部・序、第二部・相互の保証による判決の執行、第三部・雑則、第四部・経過規定、第五部・他の法律の改正という合計五部(パート)二二箇条(セクション)で構成されており、右条文の「この部の規定」とは外国判決法中の右第二部の相互の保証による判決の執行についての規定を示すものである。)という趣旨の総督の規則制定権に基づき、オーストラリア連邦総督ビル・ヘイドンは一九九三年六月二二日付けの「外国判決規則(改正)」(甲一〇。以下「外国判決規則」という。)を定め、その中で、右「上位裁判所」に日本の最高裁判所、高等裁判所、地方裁判所及び家庭裁判所が含まれることを規定した。
外国判決法第七条には、「登録判決の取消し」に係る事由が列挙されており、①判決がこの部の規定が適用される判決でないこと又はかかる判決でなくなったこと、②判決が登録日現在判決に基づき支払義務のある金額より大きい金額につき登録されたこと、③判決が本法に違反して登録されたこと、④当該事件の状況では原裁判所に管轄権がないこと、⑤原裁判所の手続における被告たる判決債務者が、(原裁判所の国の法律に従い令状が判決債務者に送達されたと否とを問わず)当該手続を防御するに足りる十分な時間的余裕をもって手続の通知を受領せず、出頭しなかったこと、⑥判決が詐欺により取得されたこと、⑦判決が原裁判所の国で上訴により破棄され又はその他取り消されたこと、⑧判決に基づく権利が登録申請者に帰属しないこと、⑨判決が免除されたこと、⑩判決が完全に履行されたこと、⑪判決がニュージーランドの税金に関する金銭判決でないものとして、その判決の執行が公序に反すること、という事由を定めている。
なお、本件外国判決は外国判決規則の発令前にされたものであるから、同規則中の原則規定からすれば本件外国判決については外国判決法の適用がないことになるのであるが、同規則中に「判決が州の最高裁判所に登録できる場合」を例外とする規定があり、クイーンズランド州最高裁判所によって承認登録されている本件外国判決のような判決については、結局外国判決法が適用されることになる。
また、外国判決法が適用されるまでの間及び外国判決法が適用されない場合におけるクイーンズランド州における外国判決の執行に関しては、一九五九年―一九八六年クイーンズランド州の「判決の相互主義による執行法」という合計四部(パートⅠからパートⅣまで。第一部・序、第二部・判決の相互主義による執行法、第三部・雑則及び総則、第四部・第二部の適用がない判決の執行)一四箇条(セクション)で構成される法律(甲二〇。以下「クイーンズランド州執行法」という。)が制定されており、同法において概ねオーストラリア連邦における右外国判決法と同内容の規定がされており、その第二部の冒頭の第四条において、「州議会に諮って行動する州知事は、本法のこの部(第二部)の規定により付与される利益が連合王国及びオーストラリア連邦を含まないコモンウエルス所属国の上位裁判所又は外国の上位裁判所の判決に拡張適用される場合に、クイーンズランド州の上位裁判所の判決の当該コモンウエルス所属国又は当該外国における執行に関し、実質的に相互主義による取扱いが確保されると確信する場合、州知事令によって、本法のこの部が当該コモンウエルス所属国又は当該外国に拡張適用されること、並びに、州知事令の定める裁判所は、本法のこの部の目的上、当該コモンウエルス所属国の上位裁判所又は当該外国の上位裁判所とみなされることを命ずることができる。」との趣旨を定め、これに基づき、クイーンズランド州知事は、一九八八年三月一七日、日本の最高裁判所、高等裁判所及び地方裁判所が右外国の上位裁判所とみなされることを定めた。
8 クイーンズランド州最高裁判所法四八条及びこれに関する同州知事令は、金銭の支払を命ずる確定判決について、判決の日から年一〇パーセントの割合による遅延損害金が当然に付加され、執行することができる旨を定めている。なお、それ以前の一八六七年コモン・ロー実施法(一九九五年廃止)によっても同様に規定されていた。(甲三九の1、2、四二)
二 右一の事実関係を基礎として、前掲各証拠及び弁論の全趣旨に基づき、順次争点について判断する。
1 争点1(本件財産保全管理人が本訴を追行することができるか)について
本訴請求は、本件外国判決が旧民訴二〇〇条(新民訴一一八条)の要件を充足していること、すなわち、我が国において承認することができるものであることを前提とした上で、その執行判決を求めているものである。
ところで、外国法人である原告が日本法人である被告に対して訴えを提起する場合、原告の代表者が誰であると認められるかという問題は、当該訴えがオーストラリア連邦に提訴された場合には、オーストラリア連邦における法理によって決められるべき問題というべきところ、オーストラリア連邦において前記認定に係る一連の手続を経て選任された本件財産保全管理人が原告の代表者として本件外国判決訴訟を提起し、被告に対し我が国における正規の送達手続を経由し、被告において本件財産保全管理人の右代表権限の点を含めて何ら異議申立てをすることなく本件外国判決訴訟に応訴したものであるから、本件財産保全管理人が原告の名において本件外国判決を取得したことについては何ら問題がなく、この点については、本件訴訟において被告においても何ら格別の異議主張をしていないところである。
しかるに、被告は、本件外国判決についての執行判決を求める本訴についてのみ、本件財産保全管理人にはその訴訟追行の代表権限がない旨主張するのであるが、その主たる根拠は、財産保全管理人は破産管財人に類似しており、破産管財人の権限は属地的なもので外国までは及ばないものであるから、本件財産保全管理人も日本においては原告の代表者たる地位を有しないことになるというものである。
しかし、オーストラリア連邦における財産保全管理人の地位が破産管財人と同様の機能を一面有すること自体は否めないものとしても、前記認定事実からすれば、本件財産保全管理人は、本件売買履行請求訴訟における敗訴者である原告に対する第一次判決や、第一次命令、第二次命令などが既に確定していることを前提とした上で、その債権者である本件売主らの申立てによって、いわば我が国における債権者代位権の行使と酷似した目的及び機能をもって選任されたものであり、その目的を達成するため、被告に対し本件外国判決訴訟を提起し、かつ、本件外国判決訴訟に勝訴したときには、引き続いて、被告から原告に対し本件株式払込金債務の弁済をさせ、その弁済を受領する法的権限を有する者として選任されたものであることが明らかであり、被告が日本法人であることはその選任当時から明らかな事柄であったから、必要があれば、右弁済の強制履行のためいずれ日本において執行判決を提起し、これに勝訴したときには強制執行にも及ぶことができる代表権限があるものとして選任されたものと認めるのが相当というべきである。
そして、日本における民事訴訟において誰が当該外国法人の代表者と認められるべきかという問題は、もとより日本の裁判所が職権で判断すべき事項であるが、その判断に際しては、基本的に、当該外国における代表者制度に基づいて判断するのが相当というべきであるから、これを本件についてみれば、前記経緯で選任された本件財産保全管理人がオーストラリア連邦の法制度上前記のような地位にあることが認められる以上、我が国における民事訴訟においてその代表権限をオーストラリア連邦における場合と同様に是認しても格別の支障がないかどうかという観点から検討すれば足りるものというべきである。しかるところ、前記のような経緯で選任された本件財産保全管理人が本訴で実体的な敗訴判決を受けた場合、我が国において原告が再度別の代表者によって本訴と同様の執行判決を求めることは許されないこと、逆に、本件財産保全管理人が本訴の勝訴判決を受け、これによって被告から任意又は強制履行による弁済を受けた場合には、我が国においてはそれが原告に対する有効な弁済として取り扱われ、それが後日無効とされる危険は全く認められないことからすれば、本件財産保全管理人についてオーストラリア連邦における場合と同様の代表権限があるものとして取り扱っても何ら実質的な支障がないというべきである(以上を否定すべき主張立証は全くない。)。
そして、オーストラリア連邦における右財産保全管理人制度と同一の制度が日本にないからといって、この点に関して相互保証の要件を充足しないという被告の主張は、相互保証の要件を極めて厳格に適用しようというものであり、世界各国における債権回収制度、法人その他の団体及びその代表者制度、訴訟上の代表、代理権限に関する制度が各国々の歴史、文化等の違いに由来して法律上様々であって、いまだ国際的に全く統一されていないことをもって、外国法人が我が国において裁判を提起する門戸を著しく狭めようとするに等しいものと言わざるを得ず、相当でないというべきである。本件のような日本法人の外国における経済活動を巡る紛争について、仮に我が国の裁判所が、いまだ国際的に統一されていない外国法人の代表者の代表権限が我が国に存在しない制度に由来するからといって、当該代表者が当該外国においては訴訟提起の権限を有する(前記のとおり、本件においては、むしろそのような訴訟提起と債権の回収を目的としているものである。)にもかかわらず、我が国においては訴訟を提起することができないという取扱いをするとすれば、我が国の法人が外国において訴訟を提起するときにも同様に厳格な取扱いを受けることになるという重大な危険を負担するおそれがあるのであって、そのような事態は、人類生活のあらゆる分野において国際交流が不可欠である現代における国際的裁判の在り方としておよそ時代に逆行するものというべきであり、特に我が国の場合においては、国際的公正と信義に依拠することを国是としていることからしても、相互保証要件に関して、被告が主張するような厳格な、というよりもむしろ排外主義的ともいうべき極端に狭い解釈は、およそ我が国の裁判所が採るべき方途ではないというべきであって、この点に関する右被告の主張は到底採用することができない。(なお、相互保証の要件についての当裁判所の考え方は、後記5のとおりであり、総論的考え方については、被告も異論がないところであるが、その具体的な適用に際しての被告の主張は採用することができないものである。)
以上により、本件財産保全管理人は本訴について原告の代表者として訴訟を追行する権限を有するものというべきである。
2 争点2(本訴の請求の趣旨が不適法かどうか)について
①本訴の訴状記載の請求の趣旨が事案の概要三記載のとおりであったこと、②被告において、このような日本円に換算した執行判決を求めることは許されない旨主張したこと、③その後原告は日本円に換算した請求の趣旨を本件外国判決のとおりのオーストラリアドルの表示による請求に訂正したこと、④その後原告は若干請求を減縮して結局主文第一項記載のとおりの請求としたこと、以上の経緯は本件記録上明らかである。
そして、右③の訂正は、右②において被告が指摘し主張する通説的見解に従って、日本円建てによる請求の表示をオーストラリアドル建てによる請求に訂正したにすぎないものであるから、訴えの変更に当たるものではなく、当然許されるものであって、この訂正についてまで被告が異議を述べる趣旨は全く理解し難く、右③の訂正が適法にされたことは明らかである。なお、仮にそれが訴えの変更に当たるとしても、請求の基礎が全く同一であることは明らかであるから、適法である。
④の請求の減縮自体については被告も異議がないところである。
さらに、被告は、外国判決に記載されていない利息ないし遅延損害金について執行判決を求めることは許されない旨主張しているが、我が国において外国判決の効力を認めるということは、その判決が外国において有する効果を認めることであるから、当該外国判決が判決によって支払を命じられた金員に付随して当然に発生し、執行することができるとされているものについては、執行判決に際して、その部分についても強制執行を許す旨を宣言することができるものと解するのが相当である(最高裁判所第二小法廷平成九年七月一一日判決・最高裁判所民事判例集五一巻六号参照)。したがって、原告が本件外国判決に表示されていない前記法定遅延損害金についても強制執行を許す旨の宣言を求めている訴えは、適法である。そして、本件外国判決が我が国において承認すべきものであるときは、右一の8に認定したオーストラリア連邦における金員の支払を命じる判決についての遅延損害金に関する事実からして、本件外国判決に当然付随することになるオーストラリア連邦法上の遅延損害金よりも元本金及び始期の点について若干縮小されている原告の右遅延損害金に関する請求についても、強制執行を許す旨を宣言すべきことになる。
以上により、被告が、本訴の請求の趣旨が不適法である旨主張して本訴について訴え却下の判決を求めることには、全く理由がない。
3 争点3(サマリー・ジャッジメントである本件外国判決が「外国裁判所の確定判決」に該当するかどうか)について
まず、本件外国判決訴訟について本件外国判決がされた経緯は前記認定のとおりであって、①原告がクイーンズランド州最高裁判所に提起した本件外国判決訴訟自体は全くの正式裁判であり、正式な外交ルートを経由し当裁判所を介してその訴状が被告に送達されたものであること、②被告はこれに応訴して答弁書をクイーンズランド州最高裁判所に提出したものであること、③同裁判所及び原告において、右答弁書の内容中には正式な事実審理を要する事項が含まれていないと判断したこと、④右判断に基づき、原告において本件外国判決訴訟についてサマリー・ジャッジメントによる判決を求める申立てをしたこと、⑤その後、被告において、突然本件受諾書が偽造文書である旨の主張するに至ったこと、⑥右主張によって、同裁判所は、前記のような一切の事情を考慮した上で、オーストラリア連邦において施行されている民事訴訟手続に従って、本件立担保命令を発し、被告が本件立担保命令に係る担保を提供すれば正式な事実審理をすることができる措置を講じ、その旨を被告に告知したこと、⑦しかるに、被告は本件立担保命令に従った担保を何ら提供しようとしなかったこと、⑧そのため、サマリー・ジャッジメントによる判決、すなわち本件外国判決がされたこと、⑨本件外国判決に対し、被告には上訴して本件立担保命令ひいては本件外国判決が違法不当であることを主張し、その確定を阻止する手段が残されていたのに、被告はこれをしないで本件外国判決を上訴期間徒過により自然確定させたことが認められるものである。
そして、被告は、右のように本件外国判決訴訟の手続内で原告の請求を棄却するという手段を講じないで、別の手段によって右サマリー・ジャッジメントを回避しようとして、前記認定のとおり、①中間的差止命令(仮処分)の申立て、②本件財産保全管理人解任の申立て、③相当数の関係者を相手方とする損害賠償請求訴訟の提起をしたものである。このような手段を尽くした被告が、右のような手厚い訴訟手続を経由して発せられた本件外国判決が我が国において「確定した外国判決」として承認されない旨主張するというのは、それ自体国際的訴訟上の信義に反するものというべきであるが、その点は暫く措くこととし、争点3につき更に検討すると次のとおりである。
すなわち、前記認定事実及び前掲各証拠からして、①サマリー・ジャッジメントは、オーストラリア連邦における法制度として正式な事実審理(トライアル)をすることが予定されている一般通常の民事訴訟において、正式な事実審理をするには費用と時間を要することから、常にそのような費用と時間を要する事実審理を経なければならないとすることは必ずしも合理的でないとの考えに基づき、一定の場合当事者の申立てによって右のような事実審理を経ないで簡易な審理手続で判決することができるものとしてオーストラリア連邦の法律上認められている審理及び判決に関する制度であること、(以下、若干前記と重複する部分があるが、より詳細にみると)②本件外国判決訴訟において、原告から右サマリー・ジャッジメントの申立てがあったことを契機として、クイーンズランド州最高裁判所は、第一次的に、原告の請求には相当の理由があり、被告の抗争には理由がないことについて原告提出の宣誓供述書等によって一応の心証を形成した後、被告提出に係る答弁書等に係る防御内容が右正式な事実審理に相応する争点を含むものではないと判断し、その旨を被告に示唆ないし告知して防御の機会を付与したこと、③その後被告において急遽本件受諾書が偽造である旨の主張を追加したこと、④裁判所は、右被告の主張には一応右事実審理の対象とすることが可能な内容が含まれていると考えたものの、その主張の内容及び時期、それを裏付ける証拠その他本件外国判決訴訟に現れた一切の事情に照らして、右追加された偽造の主張について、無条件で、すなわち本件との関係においては本件立担保命令に係る立担保なしに、直ちに正式な事実審理をするとすることは相当でないと判断し、本件立担保命令を発したこと、⑤しかし、被告が本件立担保命令に従った担保提供をしなかったため、本件外国判決が発せられたことが明らかである。
したがって、クイーンズランド州最高裁判所は、本件外国判決訴訟において、何ら証拠に基づかないで本件外国判決を発したというものでは全くなく、被告に対し防御のための十分な機会を付与し、原告及び被告の双方から提出された主張及び証拠を総合検討した上で、被告に対し、条件付きで、被告主張に係る本件受諾書が偽造かどうかの点について正式な事実審理をする機会を付与したものであり、加えて、被告において本件立担保命令に従って担保提供をしないときには、本件外国判決訴訟における被告提出の防御は結局正式な事実審理をするまでもなく理由がなく、サマリー・ジャッジメントを発するほかないものであることをも予告していたものである。そして、それでもなお被告が本件立担保命令に係る担保提供をしなかったため、本件外国判決を発したものである。そして、被告は、このサマリー・ジャッジメントに対して上訴することができ、その上訴において本件立担保命令についての適法性を争うことも可能であったのに、これをしなかったものである。
右のような本件立担保命令及びサマリー・ジャッジメントの制度は我が国の民事訴訟中には存在しないが、右が、本件外国判決訴訟というクイーンズランド州最高裁判所における一つの民事訴訟手続内における措置であることは明らかであって、本件外国判決訴訟自体はもちろん、本件立担保命令及びサマリー・ジャッジメントの手続においても、民事裁判の基本というべき対審的構造が常時維持されていたことも明らかである。
そして、右対審的構造に依拠する当事者に対する攻撃防御の機会の付与に関しては、クイーンズランド州最高裁判所が被告に対して十分な防御の機会を付与し、現に被告は本件外国判決訴訟においてその主張を尽くし、一応の証拠を提出していたこと、被告は本件立担保命令に従って担保提供しさえすれば正式な事実審理を受けることができたのに自らこれをしなかったにすぎないものであること(本件立担保命令に係る担保が高額にすぎたかどうかについては後記4のとおりであるが、ここでは正式な事実審理を受ける機会が被告に付与されていたことが基本的に重要である。)、さらに、被告は本件立担保命令を含めて本件外国判決について上訴して再度の審査を求めることができたのにしなかったものであることが認められるのであって、審理の内容・構造がこのようなものであることからして、オーストラリア連邦において、右のようなサマリー・ジャッジメントが確定した場合、これが「確定判決」であると考えられていることは明らかであって、これが既判力を有しないもので「確定判決」に該当しないものと考えられていることを認めるに足りる的確な証拠は全くない。
そして、本件外国判決が旧民訴における支払命令のようなものであるとの被告の主張は、前記検討に係るサマリー・ジャッジメント制度及び本件外国判決に至る経緯などからして採用の限りでなく、その他本件外国判決が右「外国裁判所の確定判決」に当たらないという被告の主張には何ら合理的根拠がないというべきである。
したがって、前記のとおり既に確定している本件外国判決は、旧民訴二〇〇条(新民訴一一八条)柱書の「外国裁判所の確定判決」に当たることが明らかというべきである。
4 争点4(本件外国判決が公序要件を充足していないかどうか)について
前記検討結果からすれば、本件外国判決の前提とされた本件売買履行請求訴訟及びこれに係る第一次判決、第一次命令、第二次命令等の裁判、本件外国判決訴訟、本件立担保命令ないし本件外国判決について、その内容及び成立を含めて、日本における法秩序の基本原則ないし基本理念と相容れないような著しい不正義、不合理が存したことを認めるに足りる証拠は全くないというべきである。
まず、本件受諾書が真正に成立したものというべきことは前記認定のとおりである(前記一の1の末尾の括弧書部分)から、それをもって本件外国判決が不正に詐取されたものであり、公序要件を欠くという被告の主張は到底採用することができないものである。
そして、前記認定事実からすれば、本件外国判決に至るまでの間、オーストラリア連邦の各裁判所はオーストラリア連邦の法律の範囲内で被告のため極めて正当な訴訟指揮ないし措置を講じたものというべきであり、被告はそれぞれの局面において(本件売買履行請求訴訟においては原告を介して)実質的な防御活動を十分に尽くしたものというべきである。その上で、本件売買履行請求訴訟において被告の子会社である原告が実質的に敗訴したものである以上、前記認定に係る被告と原告との関係からして、被告としては本件売主らに対する責任を自ら負うべき筋合いにあったものと言わざるを得ない。それにもかかわらず被告がそのようにしなかったため、本件外国判決訴訟が提起されたにほかならないのであって、被告において、本件株式払込金債務が不存在というのであれば、本件立担保命令に応じて担保を提供し、本件外国判決訴訟について正式な事実審理を受けて勝訴すれば足りたものというべきである(その場合の勝敗についてはもとより論じないものであるが、前記認定事実及び前掲各証拠から敢えて付言すれば、被告は、正式な事実審理を受けても勝訴の見込みがないと自ら判断し、それゆえ右担保提供をしなかったものとしか考えられない。)。
しかるに、被告は、そのような肝心の本件外国判決訴訟においてすべき防御活動を放棄し、そのためサマリー・ジャッジメントである本件外国判決を受けたものであって、その一方で、被告は、オーストラリア連邦における防御活動として、前記認定のとおりの本件外国判決訴訟とは別の種々の申立て及び訴訟提起を現実にし、それによって本件外国判決が有効に作用することを実質的に防止しようと図ったものである。そのような別途の手段による防御活動は結局奏功しなかったものであるが、そのように本件立担保命令に応じて担保提供をすること以外の種々の防御活動をオーストラリア連邦における裁判所において尽くした被告が、オーストラリア連邦における前記一連の訴訟経過が不正で、公序要件に欠けるものであったと非難することにはおよそ理由がなく、信義に悖る主張というべきである。
また、本件立担保命令に係る担保の金額(五〇〇万オーストラリアドル)については、前記ドーセット判事の詳細な説示(甲一三)からして、本件外国判決訴訟における主張立証の状況、本件外国判決訴訟に至るまでの被告の応訴態度、本件外国判決訴訟の前提とされていた第一次判決、第二次命令等の内容(特に、支払を命じられた金額が三〇〇〇万オーストラリアドルを超え、これに遅延利息等が付加されること)等々を総合斟酌して決められたものであることが明らかであって、それ自体は合理的で、何ら不合理なものではなかったというべきである。正式な事実審理をするかどうかについて担保提供を条件とすることが許されている法制度の下において、前記の経緯・内容の本件外国判決訴訟について、一切の事情を考慮して担保額を定めることは当然のことというべきであり、その際被告の応訴態度等が考慮されたとしても、直ちにそれが懲罰的色彩を帯びるとはいえないというべきである(例えば、我が国においても、保全処分、異議、上訴に伴う執行停止等における立担保額の決定に際して、当事者の主張立証その他の全訴訟活動が考慮されるのであって、その際当事者の応訴態度等を考慮したからといって、直ちにそれが懲罰的色彩を帯びるとまではいえないのと同様というべきである。)。また、右三〇〇〇万オーストラリアドルを超える金員と対比するとき、右五〇〇万オーストラリアドルという担保額は必ずしも高額なものではないというべきであり、原告をして本件売買契約を締結せしめ、その代金を負担すべき立場にあった被告において、右五〇〇万オーストラリアドル程度の金員を工面することができなかったとは到底認められない(しかも、前記認定のとおり、本件立担保命令において、直ちに五〇〇万オーストラリアドルを全額支払うべきことは命じられておらず、また、代替的担保提供が許される余地も残されていたものである。)。
また、被告は、本件売買履行請求訴訟の一連の裁判の取得に至る手続・経緯につき、本件売買契約における被告の担当者となった野村秀雄やラドキン弁護士らが売主の利益に偏する交渉をし、あるいは売主側に生じた債務不履行事由が被告に全く伝達されず、さらには書類の偽造等がされるなどという著しい不正義・不合理が存在した旨主張するが、これらの事項は、本件売買履行請求訴訟(その再審訴訟を含む。)において争うべきことであって、既に確定している本件外国判決に基づいて執行判決を求めている本訴において直接審理すべき事項とはいえないから、右を前提として本件外国判決が公序要件を欠くという被告の主張は採用することができないというほかない。
以上、公序要件に関する被告の主張はいずれも採用することができず、本件外国判決訴訟及び前記経緯によってされた本件外国判決が公序要件を充足していることは明らかというべきである。
5 争点5(本件外国判決が相互保証要件を充足しているかどうか)について
旧民訴二〇〇条(新民訴一一八条)四号所定の相互保証要件は、「当該判決をした外国裁判所の属する国において、右判決と同種類の日本の裁判所の判決が旧民訴二〇〇条(新民訴一一八条)各号所定の条件と重要な点で異ならない条件のもとに効力を有するものとされていること」を意味するというべきところ(最高裁判所第三小法廷昭和五八年六月七日判決・最高裁判所判例集第三七巻第五号六一一頁参照)、前記認定に係る外国判決法、同規則、クイーンズランド州執行法の内容を総合すると、本件外国判決が相互保証要件を充たしている判決に当たることは明らかというべきである。右相互保証要件の意義・意味に関しては被告も同一の解釈を採っているので、以下被告の個別主張に沿って検討する。
まず、被告は、オーストラリア連邦クイーンズランド州において外国判決が許可されるためには、外国判決が詐欺により取得されたものでないこと、外国判決が登録申請者に帰属するものであることが要件とされており(外国判決法・甲九)、これは外国判決の内容自体に立ち入る建前を採るものであり、日本では外国判決の承認についてこのような実質的審理を認めていない(逆に、この点における相互保証があるというならば、本件訴訟でも実質的再審理が認められるべきであり、その結果本件株式払込金債務が存在しないとの結論となるべきである。)から、相互保証がない旨主張する。
しかし、旧民訴二〇〇条(新民訴一一八条)三号所定の公序要件は、「外国裁判所の判決の内容のほか、その成立も日本における公序良俗に反しないこと」を意味するというべきであって(前記最高裁判所第三小法廷昭和五八年六月七日判決参照)、例えば偽造文書によって当該外国判決が詐取されたような場合においては、右公序要件によって当該外国判決が承認されないことになるから、その限りで、我が国においても外国判決の承認についてそのような実質的審理がされるものであり、現に本件において、被告は前記のとおり本件外国判決が公序要件に欠ける旨主張し、実質的審理を求め、当裁判所はその限りで証拠調べをし、その結果右4のとおりの事実認定をした上で公序要件を充たすものと判断したものである。したがって、オーストラリア連邦の外国判決法において右のように規定されているからといって、それをもって、オーストラリア連邦においては、常に外国判決の内容自体に立ち入る建前を採っているものとはいえないし、その取扱い上若干日本と違う部分があるとしても、基本的には、我が国における外国判決の承認とほぼ同様な取扱いがされているものというべきである。
次に、被告は、一九九一年外国判決法六の(三)によれば、「本法に従いかつ適用ある裁判所規則に定められた事項の立証を前提として」「裁判所は外国判決の登録を命じるものとする」とされているが、右「裁判所規則」の内容が不明であるから、相互保証の有無についての判断が不可能である旨主張する。
しかし、前記認定の外国判決規則が右「裁判所規則」に該当しないとすればその内容は明らかでないことになるものの、前記認定に係る外国判決法、外国判決規則、クイーンズランド州執行法の存在及び内容を総合すると、日本と深い関係を有するオーストラリア連邦及びその裁判所が、ますます地球的規模で国際化が進行している現代社会において、日本の裁判所(ただし、簡易裁判所については除く。)の判決をできる限り承認しようとしている姿勢にあることは明らかというべきであり、右「裁判所規則」によって実質的に我が国の民事判決との間の相互保証を滅失させてしまうような定めを置いているとは到底考えられず、そのような規定がされていると認めるべき証拠が全くないことからすれば、右「裁判所規則」の内容が必ずしも明らかでないからといって、相互保証の要件を欠くことにはならないというべきである。
さらに、被告は、日本の簡易裁判所による判決・命令は相互保証の対象でないところ、サマリー・ジャッジメントである本件外国判決は日本の簡易裁判所における督促手続に準じるものであって、簡易裁判所について相互保証を欠くことからして、本件外国判決については相互保証がないことになる旨主張する。しかし、日本の簡易裁判所による判決・命令が相互保証の対象となるとされていない理由については明らかでないものの、前記認定事実からして、本件外国判決がサマリー・ジャッジメントであっても、それが日本の簡易裁判所における督促手続に準じるようなものでないことは明らかであって、クイーンズランド州最高裁判所の正規の判決と全く同価値を有する裁判というべきことが明らかである。そして、前記認定事実からして、クイーンズランド州最高裁判所の民事判決は、日本の地方裁判所又は高等裁判所の判決と同等のものというべきところ、日本の地方裁判所又は高等裁判所の判決がオーストラリア連邦において旧民訴二〇〇条(新民訴一一八条)各号所定の条件と重要な点で異ならない条件のもとに効力を有するものとされているといえるから、日本の簡易裁判所による判決・命令がオーストラリア連邦において相互保証の対象とされていないことをもって、本件外国判決を我が国が承認しないということは許されないことというべきである。
したがって、相互保証要件を欠くという被告の主張はいずれの点からしても採用することができず、前記認定に係る経緯と内容によってされた本件外国判決は相互保証要件を十分に充たす判決に当たるものというべきである。
6 争点6(本訴が、原告に対する土地の引渡しの条件付きで又はこれと引換えに認容されるべきかどうか)について
前記一の3の認定のとおり、本件売買履行請求訴訟における第二次命令において、本件売主らは、本件売買の履行に必要な同命令末尾添付の書面に記載されたすべての書類を裁判所に預託し、その預託完了後本件売主らの弁護士は買主である原告の弁護士に対しその旨を通知し、当該命令を送達することが命じられており、本件売主らの代理人弁護士であったロドニー・ミカエル・ダンは、第二次命令の右趣旨に従って、第二次命令書末尾添付の書面記載の全書類を裁判所に預託し、一九九二年三月一八日その旨の宣誓供述書を作成し、同日これを同命令と共に原告の弁護士に通知した(甲一六)。
これによって、本件売買契約に関する本件売主らの義務は全部履行されたことになり、本件売買契約の代金の支払時期が同月二五日に到来することとなったものであり、本件外国判決は、右事実関係を前提として、被告の主張に係るような条件ないし引換えの条項を付けない金員の支払を命じているものであるから、このような外国判決についての執行判決を求める本訴について、第三者というべき本件売主らが原告に対して土地の引渡しをすることという条件付きで又はこの引渡しと引換えに請求が認容されるべきであるという被告の主張は、およそ失当と言わざるを得ず、到底採用できない。
7 争点7(反訴請求の可否当否)について
外国判決について執行判決を求める訴訟においては、前記公序要件や相互保証要件の存否が審理の対象となり、右要件が認められないときには、当該外国判決の日本における既判力が否定されるから、この訴訟において、右外国判決に既判力がないことを前提として被告が原告に対し当該債務の不存在確認を求める反訴を提起することは許されるというべきであり、本件財産保全管理人が原告の代表者として我が国に本訴を提起した以上、我が国においては右反訴についても代表者として応訴する権利義務を有するものというべきである。したがって、被告の反訴は適法というべきである。
しかし、前記検討結果からして本件外国判決について既判力のあることが認められ、反訴請求の内容はこの既判力に抵触するものであるかた、その余の点について判断するまでもなく、反訴請求は理由がないに帰する。
三 以上の次第であるから、本件外国判決は我が国において承認すべきものと認められ、本訴請求は全部理由があり、反訴請求は理由がない。
なお、本訴は財産上の請求であるから、形成判決であっても仮執行宣言を付することが法律上可能であり、前記諸般の事情からして、その必要があると認められるから、これを付することとする。同時に、本件事案及び弁論の全趣旨に鑑み、職権で仮執行免脱宣言を付することが相当と認められるので、主文のとおりこれを付することとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官伊藤剛 裁判官本多知成 裁判官林潤)